月光



 月が、しらしらと光を投げかける。

 見下ろす先には、ぼやりと滲む色とりどりのネオン。風は、少し冷たい。文化の日。

「そういえば今日、誕生日だったか」

 ビール片手にビルの屋上で。なにやってるんだろ、私。

 まあいいか。ここは、お気に入りの場所だから。マンションの一室よりもふさわしいかもしれない。

 月の光が心地いい。今日の月は真ん丸で、いつもよりずっと白っぽい。

「いっそ、真っ白に染めてくれたら良いのに」

「え?」

「ってカオしてるよ?」

 白い服の、小学生くらいの子供。なんだか、天使みたい。白い光と白い服。世界は闇色に沈んでるのに、頭の中は真っ白に染まる。 その子供は、無邪気そうに笑った。

「あんまり気持ち良さそうだったから、月光浴。馬鹿だよねえ、人間って。こんな月の夜くらい、電気なんて消せば良いのに」

 どこまでも無邪気に笑って、子供――少女は私の隣に座った。膝に乗せた白い箱を開ける。

「食べる? 苺大福」

「・・・・うん。もらうわ、ありがとう」

 どうしてここにいるのかとか、何者なのかとか、訊くのは馬鹿げている気がした。夢の中にいるような気分だ。

 大福を齧ると、白い中に赤がぼっかりと沈んでいた。――赤と、白?

「珍しいでしょ、白い餡子の苺大福。その方が綺麗だからって、凝っちゃったらしいよ」

 赤と白。キレイな組み合わせだけど、何だろう。落ちつかない。

「凄いよね―、今の時代。十一月なのに苺。季節なんてお構いなし」

 空を見る。本当に、月はこんなに白かった?

「これじゃあ、季節なんて判らなくなるよね。時間だって」

 時間。・・・・今日は、何時? 何時の、何年の、十一月三日――?

 不意に。映像が浮かんできた。

 白い雪。赤い血。手すり。アスファルト。人。冷たかった。――思い出した。

「足が滑ったんだよね?」

 肯く。涙も出ない。泣けるわけがない。自分が死んでるなんて。じゃあ、ここにいる私は?

「ついてなかったね」

「冗談じゃないわよ。自殺だとか言われちゃうし。勝手に決めないでよね。・・・・死にたくなんて、無かったんだから」

 少女は、柔らかく微笑んだ。月が見下ろす。やっぱり、世界は闇の中なのに、白い。

 ――月が、しらしらと光を投げかけていた。  



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