月下の路

「あー・・・・まずったなー・・」

 足元には、すっかりつぶれたバイク。それを洗うようにして、波が寄せては返る。満潮になれば、車体は水底に沈んでしまうだろうか。

 斜め上を見上げると、ぶつかって曲がったガードレールがある。

 日が暮れて、ぼうっとしている間に、空に浮かんでいた月は、白から金色に輝きだしていた。元々交通量は少ない場所だが、日が暮れるといよいよ少なくなる。

 この調子だと、事故が発見されるのは明日の朝か。運が良ければ、の話だが。

「飛ばしすぎたよな―」

 溜息をついて、頬杖をつく。

 煙草でも吸いたいところだが、小さい頃から散々悪評を叩き込まれてきたため、吸う気になれなかった。

 一人だけ年の離れた子供で、姉が三人。父が煙草を吸っているのだが、女四人は、影になり日向になり、それを非難していた。女は怖い。おまけに、群れると自乗の勢いで怖さが上がる。

 非喫煙とともに、この考えはかなり昔から掏り込まれていた。

 三つ子の魂百までとは、良く言ったものだと思う。

「・・・・・あ?」

 だとすれば、このスピード狂はどこから来たのだろうか。

 月が、徐々に位置を変える。風にゆるゆると移動する雲が、瑠璃色に染まった空より幾分濃い色のため、見て取れる。

 今まで散々「事故る」と言われ続けて、この頽落だ。家の女たちは、さぞかし非難することだろう。

 高校入学を待ちきれずにバイクを買って、三年間ずっと、それで通って。大学もそのまま続けるつもりだった。交通量の多いところでは違反を切られるかどうかのぎりぎり速度で、すいていればとばして。

 一度後ろに乗せた下の姉は、降りる時にお岩さんのような眼をして睨みつけた。

『あんた、絶対いつか事故るわよ。自分一人ならともかく、人巻き込むんじゃないわよ!?』

 実際、そうなったのだが。

 すっかり夜になった空間に、光り輝く月から伸びるかのような、月光に似た道が見える。

 それを通って行くということが、何故か判った。

 足を乗せてもう一度、眼下のバイクを見る。慣れ親しんだ車体はつぶれ、修理は絶対に無理だろう。

「しくったなあ・・・・」

 やばい、泣きそうだ、と、心中呟く。

 眼を閉じて、考える。

 未練なんて、うんざりするほどある。やりたいことも、遣り残したことも。うるさかった姉たちにとも、まだわかれるなんて考えた事もなかった。

 当然過ぎるそれらは、不思議と執着にはならなかった。

 目を開けると、風に海が揺れていた。頭上には、流れる雲と光る月。

 一歩、踏み出した。

一覧へ戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送