一面の、色とりどりなステンドグラス。
ステンドグラスのドームと呼んでもおそらく差し支えはなく、光が入れば、さまざまに色を落とし込むだろう。しかし残念ながら、光源は内側にあるようだった。
太陽光を真似たような色合いの人口灯に、僕の影だけが作り出される。
誰もいない。
それでいい。ここは、そういうところだ。それなのに。
「こんにちは。お邪魔します」
ひょっこりと、どこからともなく現れたのは、甥と同じくらいの、十歳前後の中性的な子どもだった。
「うわー。凄い。これ、全部あなたが作ったの?」
子どもは、ステンドグラスを見渡して、わずかに呆れの混じった声を上げた。
何を言っているのだろう、この子どもは。これはここに在るもので、誰が作ったものでもないというのに。
そう思って見遣ると、子どもは、子首を傾げた。
「名前、まだ言ってなかったね。あたしはアキラ。あなたは?」
「どうだっていいだろう」
「あなたがそう思うのなら、とりあえずはそれでもいいよ」
妙な言いようだ。
引っかかりは覚えるが、殊更に気に障ることもなく、僕は、ぼんやりとステンドグラスを眺め上げた。
何かの絵を形作っているのではなく、幾何学模様でもなく、まるで無秩序に見える。それなのに、醜くはなかった。どこかで調和が取れている。
神技と呼んでもいい。
「ねえ。あれ、どうやって作ったの?」
だからあれは、ここに在るものなのだ。
それなのに少女は、まじまじと顔を覗き込んできた。まるで、僕が答えを知っているのに隠している、とでも言うように。
「居心地の良さは、忘れる言い訳にはならないよ?」
「何を」
「あなたの名前は?」
ほっそりとした、男の子にも見える少女。天使めいてもいる。天の意を伝える、使者。
「僕は――」
言わずもがなのことを言おうとして、はたと止まる。
「僕、は」
「ステンドグラスが綺麗だよ。ほら、光が差し込んで」
光は内側にあったはずだ、と顔を上げると、少女の言った通りに、光が、色が、降りそそぐ。
ああ、そうだった。
「僕は、榊義次だよ、アキラ」
目を開けるまでもなく、光が降り注いでいることは判っていた。まばゆく、色のない光。
目に入ったのは、真っ白い天井だった。病院だ。
「おじさん? 気付いた?!」
降ってきた声に苦労して視線を向けると、甥が、目を丸くしていた。何か言おうとするが、喉が干乾びて声が出ない。
「待ってて、母さん呼んでくる!」
ナースコールのボタンを押せばいいのにと思ったが、動転しているらしい。行く前に、何か飲ませてほしいと思ったが、無理らしい。粘ついた唾では、潤いそうにもない。
開け放って行った扉の向こうで、駆け去る甥の足音と、病院のざわめきが聞こえた。
ステンドグラスのドームから、僕は、帰ってきた。
安堵して――だけど少しだけ、残念でもあった。
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