休憩所 ―月夜の猫屋活動日誌2


「いらっしゃいませ」

 外からの暑苦しい空気をものともせず、彰はにこやかに言った。店内には取り敢えず冷房が入っているので、外のような蒸し暑さはない。多優は、小さく息をはいた。

「こんにちは。何か冷たいもの下さい」

「何でも良い?」

「はい」

「セイギ―、トロピカル風二つ」

 店の奥に呼び掛けて、多優に椅子を勧めた。本来であれば厨房まで言いに行くのだが、仕事仲間という気安さと、店内に他の客がいないことから、つい省略してしまう。常に開店休業状態といっても過言ではない「月夜の猫屋」は、夏休みのおかげでいつもに増して暇だった。

「ついでに、宇治金時を頼もうかの」

「全然ついでじゃないって」

 正義の恨めしそうな声を背に、二階から下りてきた征が二人のテーブルに近付いてくる。相変わらずの和装だ。

「こんにちは。お邪魔してます」

「仕事にはもう慣れたか?」

「少しは。結構人使い荒いですよね」

 まだ幼さの残る顔に、ふわりとした笑みを浮かべる。

 多優は、半年ほど前に「幸せ配布局」の仕事についたばかりだった。自分の属する「幽霊達の迷子センター」といい、楽しいけど誰がつけたんだろう、と考えてしまう彰だった。

 征がそれを眩しそうに見やっている一方、彰は店内の装飾具と化している、実は「雑貨屋」の売り物であるはずの小物入れを開けて、中から薄桃色の紙片を取り出している。

 店中は、置かれている古びた品々――何割かは雑貨屋の商品なのだが、ほとんどの人が店内の飾りと思い込んでいる――のせいか、空気までがどこか古びている。蝉の声を聞きながらも、多優は別世界にいるような心地がした。そう思ってから、少し可笑しくなる。既に自分は、「別世界」にいるのに。

「ロクダイ、プレゼント」

 彰が、先程取り出した紙片を渡して微笑んだ。多優は、その声で考え事をしていたところから引き戻されて、紙片を見た。割引券のようだ。

「やっぱり、デートには花がいるでしょ。カササギのやつだよ」

「ああ・・・。すまんのう」

「あんまり花買って来ると、セイギ怒るんだもん。ロクダイが使うのが一番だよ。ロクダイ、今からデートなんだ。花くらいもって行くべきだよね?」

 不思議そうに見ていた多優に、いたずらっぽく微笑む。どう見ても多優よりも年下なのだが、そこには微妙な違和感がつきまとう。

「ロクダイさん、彼女いるんですか?」

「昔の、じゃがな」

 苦笑するように言った。一瞬、彰を見る。そこに、正義の声がとび込んで来た。

「おーい、誰か運ぶの手伝え」

「駄目だなあ、そんなんじゃ曲芸師にはなれないよ」

 からかい気味に言葉を投げ掛けながら、彰が立ち上がる。移動しながらも、正義との言葉のやり取りは続いている。

 外では、太陽が南中しつつある。これから、もっと暑くなるだろう。多優が何気なく時計に目をやると、サイレンが鳴り響いた。正午だ。日めくりカレンダーを見て、ようやく今日が終戦記念日なのだと気付く。

 見ると、征が黙想していた。祈るような、堪えるようなそれに、実際には、征が自分よりも多い時間を過ごしてきた事を思い知らされる。

「お待たせ。ついでだから、お昼も一緒にってさ。ロクダイ、どうする?」

 飲み物に合わせたのか、色んな物が挟まれたサンドウィッチがやまほど運ばれて来た。それとも、始めからそのつもりだったのだろうか。短時間でこれだけ作ったとなると、ギネスにも載れそうだ。その後ろから、飲み物と宇治金時を載せたトレイを持って正義が現れる。

「ロクダイ、折角作ったんだから、これ食ってから行けよ」

「かき氷だけ、先にもらおうかのう。後は、帰ってからで構わんか?」

「ああ、今日終戦記念日か」

 カレンダーに目をやって、正義が頷く。彰が、小首を傾げて言った。

「どうして終戦記念日なんだろうね。敗戦記念日の方が、合ってるような感じなのに」

「体裁が悪いからじゃろう」

「ふうん」

 言いながら、サンドウィッチをほおばる。

「彰・・・。いただきますくらい言えよ」

「あ。ごめんごめん。いただきます」

「忘れるなよな。こういうのは、作った人と食材を育てた人に感謝を込めて・・・」

「若年寄」

「それはお前の方だろう」

 言い合う二人を眺めながら、征は順調に宇治金時を食べていた。二人のやり取りにか、微笑している。古びた光景の中で、ここだけは活気がある。

「多優、食べないの?」

 彰が、不思議そうにサンドウィッチを示す。多優は、笑顔になった。「食べますよ、もちろん」

 この後、暑い中でまた仕事に行かなければならない。でもそれも、大したことではないと思える。「生きる」ために、選んだ事なのだ。自分がここにいるために。

 多優は、冷たいジュースに手を伸ばした。 

一覧へ戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送