「いらっしゃいませ」
外からの暑苦しい空気をものともせず、彰はにこやかに言った。店内には取り敢えず冷房が入っているので、外のような蒸し暑さはない。多優は、小さく息をはいた。
「こんにちは。何か冷たいもの下さい」
「何でも良い?」
「はい」
「セイギ―、トロピカル風二つ」
店の奥に呼び掛けて、多優に椅子を勧めた。本来であれば厨房まで言いに行くのだが、仕事仲間という気安さと、店内に他の客がいないことから、つい省略してしまう。常に開店休業状態といっても過言ではない「月夜の猫屋」は、夏休みのおかげでいつもに増して暇だった。
「ついでに、宇治金時を頼もうかの」
「全然ついでじゃないって」
正義の恨めしそうな声を背に、二階から下りてきた征が二人のテーブルに近付いてくる。相変わらずの和装だ。
「こんにちは。お邪魔してます」
「仕事にはもう慣れたか?」
「少しは。結構人使い荒いですよね」
まだ幼さの残る顔に、ふわりとした笑みを浮かべる。
多優は、半年ほど前に「幸せ配布局」の仕事についたばかりだった。自分の属する「幽霊達の迷子センター」といい、楽しいけど誰がつけたんだろう、と考えてしまう彰だった。
征がそれを眩しそうに見やっている一方、彰は店内の装飾具と化している、実は「雑貨屋」の売り物であるはずの小物入れを開けて、中から薄桃色の紙片を取り出している。
店中は、置かれている古びた品々――何割かは雑貨屋の商品なのだが、ほとんどの人が店内の飾りと思い込んでいる――のせいか、空気までがどこか古びている。蝉の声を聞きながらも、多優は別世界にいるような心地がした。そう思ってから、少し可笑しくなる。既に自分は、「別世界」にいるのに。
「ロクダイ、プレゼント」
彰が、先程取り出した紙片を渡して微笑んだ。多優は、その声で考え事をしていたところから引き戻されて、紙片を見た。割引券のようだ。
「やっぱり、デートには花がいるでしょ。カササギのやつだよ」
「ああ・・・。すまんのう」
「あんまり花買って来ると、セイギ怒るんだもん。ロクダイが使うのが一番だよ。ロクダイ、今からデートなんだ。花くらいもって行くべきだよね?」
不思議そうに見ていた多優に、いたずらっぽく微笑む。どう見ても多優よりも年下なのだが、そこには微妙な違和感がつきまとう。
「ロクダイさん、彼女いるんですか?」
「昔の、じゃがな」
苦笑するように言った。一瞬、彰を見る。そこに、正義の声がとび込んで来た。
「おーい、誰か運ぶの手伝え」
「駄目だなあ、そんなんじゃ曲芸師にはなれないよ」
からかい気味に言葉を投げ掛けながら、彰が立ち上がる。移動しながらも、正義との言葉のやり取りは続いている。
外では、太陽が南中しつつある。これから、もっと暑くなるだろう。多優が何気なく時計に目をやると、サイレンが鳴り響いた。正午だ。日めくりカレンダーを見て、ようやく今日が終戦記念日なのだと気付く。
見ると、征が黙想していた。祈るような、堪えるようなそれに、実際には、征が自分よりも多い時間を過ごしてきた事を思い知らされる。
「お待たせ。ついでだから、お昼も一緒にってさ。ロクダイ、どうする?」
飲み物に合わせたのか、色んな物が挟まれたサンドウィッチがやまほど運ばれて来た。それとも、始めからそのつもりだったのだろうか。短時間でこれだけ作ったとなると、ギネスにも載れそうだ。その後ろから、飲み物と宇治金時を載せたトレイを持って正義が現れる。
「ロクダイ、折角作ったんだから、これ食ってから行けよ」
「かき氷だけ、先にもらおうかのう。後は、帰ってからで構わんか?」
「ああ、今日終戦記念日か」
カレンダーに目をやって、正義が頷く。彰が、小首を傾げて言った。
「どうして終戦記念日なんだろうね。敗戦記念日の方が、合ってるような感じなのに」
「体裁が悪いからじゃろう」
「ふうん」
言いながら、サンドウィッチをほおばる。
「彰・・・。いただきますくらい言えよ」
「あ。ごめんごめん。いただきます」
「忘れるなよな。こういうのは、作った人と食材を育てた人に感謝を込めて・・・」
「若年寄」
「それはお前の方だろう」
言い合う二人を眺めながら、征は順調に宇治金時を食べていた。二人のやり取りにか、微笑している。古びた光景の中で、ここだけは活気がある。
「多優、食べないの?」
彰が、不思議そうにサンドウィッチを示す。多優は、笑顔になった。「食べますよ、もちろん」
この後、暑い中でまた仕事に行かなければならない。でもそれも、大したことではないと思える。「生きる」ために、選んだ事なのだ。自分がここにいるために。
多優は、冷たいジュースに手を伸ばした。
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