夏夜の正しい過ごし方

 蒸し暑い日が続いていた。夜になっても二十六度を超えていることを熱帯夜と呼ぶらしいが、それも、連日続いている。

 そんな中の一日に、演劇部恒例の夏合宿は行われた。今年の参加者は、二名欠席の十人。

 今、その十人は、十本の蝋燭を立て、車座になって座っていた。

「・・・そうしたら突然、その手が・・・」

 蝋燭に照らし出され、話者の顔が異様に怖い。だがそれは、聞き手も同じだった。何年か前に、知らずに見回りにきた顧問が泡を吹いてたおれたというのも、わからないでもない。

 知ってても怖いのに、知らなかったら卒倒するよな、そりゃ。環はその話を聞いたとき、心底顧問に同情した。

 因みに、その顧問は、今も演劇部の顧問をしている。だが、決してこの場所には近寄ろうとしなかった。

「・・・後ろを見たら、ガラス一面に・・・」

 環にとっては二回目の合宿になる。

 夕方まではいつも通り、それでもいつもより長い基礎練習などをして、夕食は適当に取る。その後は、ゲームのような基礎練習を幾つか。そして夜に、メインイベントがやってくる。

 完全に暗くなって、合宿部屋には布団もひいてから、体育館のステージ(なんとなく)に集合する。体育館のステージだけは電気をつけているのだが、それも、一人一本配られる蝋燭に火をともすと、消される。懐中電灯片手に消しにいっていた部長は、心持ち嬉しそうに、始めよう、と言ったのだった。

「・・・恨めしげな目で・・・」

 百物語を語りきる、というのは誰が考え始めたものか、判っていない。噂では、当初は本当に、掛け値なしの百物語だったらしい。それが、部員減少のためか他の理由からか、今ではとにかく百話、語りきるというものになっていた。

 今年は十人だから、まだいい。去年は上の学年がいなくて、この合宿を最後に引退する三年生を入れても、四人だけ。一人二十五話という、泣きそうな数の話を仕入れて、且つ、話さなければならなかった。

 おまけにこの百物語、各自で話者を採点する。一人話し終わるごとに蝋燭を一つ消し、一旦全員話し終わるとまた蝋燭に火をともすのだが、その蝋燭の明かりでメモに書きつけ、真っ暗になるごとに箱を回して回収するのだ。

 最低点の所持者には、罰ゲームがある。自然、話の内容も去ることながら、いかに相手を引き摺りこむ話し方をするかということが問題になってくる。

 一応これも、練習の一環なのだ。むしろ放送部向けの練習じゃないかと環は思うのだが、面白いので口にしないでおく。それに、なかなか貴重な体験なのも確かだ。

「・・・が聞こえるんだ。誰もいないのに・・・」

 環は、ぬるくなった麦茶を飲んだ。

 車座の中心に麦茶のペットボトルがあるが、中身が少なくなっている。一度、新しいものを取りに行くべきかもしれない。

 今、話し手は環の二人右隣になっている。蝋燭は、残り二本。環は、隣を見た。部長が、メモに書き込みをしている。話し終わったところだ。次が部長で、その次が環。これが終ったらペットボトル取りに行くか、と、半ば無自覚に考えていた。

「じゃあ、次私ね。あんまり怖くないやつだけど」

 隣から、咳払いが聞こえる。  

「えーっとぉ、これ、おばーちゃんから聞いた話なんだけどぉー」  

 不似合いな喋り方に、一同が唖然とその顔を見る。ただただ呆然と、話し終えるまでそうしていた。

「で、終り―」

 そう言ってから、にっこりと笑った。

「どうだった? あんまり怖くない話だから、少し遊んでみたんだけど。こういうのもありでしょ。はい、次」

 いたずらっぽくこちらを見た部長に、環は心中溜息をつく。びっくりしてぼやっとしている雰囲気を元に戻すには、しっかりと話さなければならない。それが、意外に難しい。

 やられたなあ、とぼやく。それにしても。

「別意味で怖いって・・・」

 こっそりと呟いて、環は話を始めたのだった。

 物語は、ようやく半分を迎えようとしていた。夏の夜は、まだまだ長い。 

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