「あっ、落ちた落ちた」
「司さん・・・」
「え、何?」
人の悪い笑みを浮かべて、司が振りかえる。遊ばれている事が判りつつも、律儀に応えてしまう自分が哀しい。
足元に気をつけながら、俊葉は深深と溜息をついた。頭上では、木々から時折覗く空で星が「落ちて」いるらしい。
「仮にも受験生でしょう」
「受験生ったって、高校三コしかないっしょ。それに俊葉、うちの首席じゃないか。心配ないない」
「そういう問題じゃあ・・・・」
「じゃ、どういう問題?」
そう言われると困る。実のところ、俊葉自身もまず受かるだろうと思っているのだ。
「あとどのくらい歩くんですか?」
「話逸らすの、下手だねえ」
俊葉の前を歩いていた司は、笑って横に並んだ。肩を組んで、遠慮なく叩く。俊葉は半ば見栄で平静を保っているというのに、元気なものだ。
この幼なじみには、いつも敵わない。
格別何が劣っているというわけではないのだが、司には弱い。まあ、精神的なものほぼ間違いなく、幼年の頃のすり込みによるものだろう。昔の司は、今以上に「ガキ大将」だった。他にもそういう女の子はいたが、未だに遊ぶために野山を駆け回っているのは司くらいのものだ。
「ほら、着いたよ」
急に、空が見えた。
その場所だけ、木がなかった。教室の四分の一もないだろう広さで、土にうずもれた岩が転がっている。岩と岩の間を埋めるかのように、落ち葉が積り、草が生えていた。
ひときわ大きな岩を指して、司は無造作に寝転がった。ゆるく傾いた岩に仰向けになり、空を見る。俊葉も、それに倣った。冷たい石の感触が、厚着をした上からも伝わってくる。
だがそれどころではなく、二人は、ただひたすら落ちて行く星々を見ていた。
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落ちて行く星が少なくなったとき、ようやく司が口を開いた。空から降るような、地を伝わってくるような声の聞こえ方は、どこか新鮮だった。
「月の兎さあ・・・・帰れたかな」
昔。司の姉が作った絵本を読んだ二人は、しばらくその事が頭から離れなかった。月を見ずにはいられなかった。
二人のどっちかがこんな風になったら絶対に迎えに行くと約束したのも、今では随分昔のような気がする。月の兎は向こう見ずで、夢ばかり見ていて、自分たちに似ているような気がしていた。
「きっと、仲間が迎えに来ましたよ」
「話は最後まで聞け、バカ。とか言われてね」
司の、動く気配がした。見ると、岩の上にあぐらをかいていた。
「あの話さあ、この前お姉ちゃんにしたら、キレイさっぱり忘れてたんだよ。暗い終わり方ねえ、とか言って笑ってんの。作った本人なのにさ」
十近くも年の離れた姉は、ここから離れた町で、既に結婚している。滅多に会えない事が淋しいらしく、たまに会えたとき、司は随分とはしゃいでいる。何故か、俊葉はそんな司を見るのは苦手だった。
星が、落ちる。
星の降る日に、月の兎はこの星に来た。きっと来るときと同じように、星に頼めば帰れると、昔俊葉は思っていた。
「なんかさ、これで明日学校あるって、サギだと思わないか?」
「仕方ありませんよ」
「そりゃそうだけどさあ」
「それに司さん、学校好きでしょう?」
返事はなかった。むくれて、そっぽを向いているようだった。
昔は天災のようなものだった、凶兆のしるしでもあった流れ星は、今では少しだけ特別な行事でしかなかった。
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