――アリス、起きて。起きて、夢を見るんだ。でないと・・・
声がする。
誰だろう。確かに聞こえているはずの声なのに、なぜかぼやけた印象。
でも、間違えている。あたしはアリスじゃない。
――アリス。君が起きて夢を見なければ、僕たちは・・・
それに、起きたら夢は見られない。
間違えてるんじゃない?
少女は、目をこすった。
ごくごく自然な動きで体を起こして、大きく伸びをする。そうしてから、首を傾げた。
「えーっと・・・?」
周りを見渡すと、木々が林立している。あふれんばかりの葉の割には、日が差し込んでいて明るい。いい昼寝場所だなと、少女は呑気な感想を持った。
問題は。この場所に、まったく見覚えがないということだろうか。
次に、自分の服装を見てみる。かわいらしい空色のワンピースに、フリルのたくさんついたエプロンのようなもの。エプロンドレスっていうのかな、と、ちらりと考えるが、よくわからない。
少なくとも、自分の趣味ではない。柄でもない。
「うーん、記憶がないなあ。こんなとこで何してるんだ?」
非日常的な光景なのに、素直に驚けないのは性格のせいだろうか。
今日特に変わったことといえば、早めに家を出たということくらい。だが、学校に着いてからどうしたかとか、何のために早く出たのかということは、すっかり抜け落ちている。
「健忘症は厭だなあ・・」
「あら、健忘症なの? それは大変ねえ」
「・・・・・」
長い髪に猫耳をつけた少女の出現に、思わず地面に手をつく。
見慣れた顔。聞き慣れた声、口調。それもそのはずで、この少女とは、ほぼ生きてきたのと同じだけの年月をともに過ごしている。いわゆる、幼馴染だ。
「具合でも悪いの?」
「いや」
「あらそう? 残念ね」
「・・・有利だ・・・・」
呟くが、相手は、変わらずの笑顔。
冗談だったらいいけど、違うんだろうなあ、と、少女は心中つぶやく。冗談にしては大掛かり過ぎるから、考え付く結論は、パラレルワールドか夢か。
夢の方がましだけど、こんな変な夢見るの、厭だなあ。
ぼやいたところで、何も変わらない。
「大変だ、遅刻だ!」
唐突に現れた人影を見ると、これも見慣れた顔だった。ただ、タキシードとウサギ耳、尻尾は余計。
「高弘か・・・」
ため息をつく。夢だったらこんなことを考えている自分が厭だし、異世界であれば、こんな世界が存在していることに、泣きたい。
「遅刻だ、遅刻!」
そう言って去っていく後姿をぼうっと見送っていたが、唐突に、少女はその後を追い出した。
何だったか忘れたが、こんな話があった気がする。ウサギの後を追いかけなきゃいけないんだ。
何の話だったか、この先どうなるのかも判らず、ただ、そんなことを思った。頭と直結しているかのように体が動いたが、スカートが邪魔だった。特に、エプロンもどき。
だが、少し走ると見失ってしまった。代わりに、なぜか広げられているお茶会用具一式が目に入る。木の丸テーブルに広げられたそれは、湯気を立てていた。紅茶どころか、お菓子までが焼きたてのように。
「どうですか、ご一緒に」
「・・・・はまりすぎだ、その格好」
今度は良信かよ、と思いながらも、似合いすぎる格好に、思わず違うことを口走る。
映画にでも出てきそうな、イギリス紳士かのような格好。それが日本人でこの年齢で似合うのだから、底知れない。女子が騒ぐはずだよ、と、自分は女子ではないかのような感想を持つ。
「すべて焼き立てですよ」
「うーん、ごめん。おいしそうだけど、兎探さなきゃならないから」
「そうですか。では、お気をつけて」
優雅に帽子を上げて、別れの挨拶をする。少女は、手を振ってそこを離れた。
だが、行くあてはない。見失った兎も、もう離れたところに行ってしまっただろう。
「ま、なんとかなるか」
適当に、気の向くまま足を進めると、ちょうどいい具合に、立て札が立っていた。不自然なほどに堂々と、「女王の城 あちら」と書かれている。
てか王様は、とのツッコミを呑み込み、立て札の示す方に進む。
少し進むと、森が開けた。いかにもお城然としたお城が遠くに見える、競馬場ほどもある庭が広がっていた。その向こうには、小さな森も見える。
「こんなところで何をしているの!」
「へ?」
「ここはお前のいる場所じゃないでしょう!」
「ぶ、部長?」
きらびやかなドレスを着て、偉そうに立っている。やはり馴染みの顔だ。ほぼ毎日部活で顔を合わせていれば、嫌でも馴染みがわくというものだ。
「――アリス」
駆け込んで来た兎が、驚いたように目を見開く。だがその顔は、知ったものではなかった。
「君は、起きなければいけない。そして、夢を見るんだ。でないと、僕らは――」
女王を見る。これも、いつの間にか友人の顔ではなくなっている。でも、どこかで見たような――本の挿絵に、あったような――。
「・・・不思議の国の、アリス?」
微妙に違う、でもそうだと確信できる。どこかで、確かに見た事がある。だがそれは、不自然にこの物語のことを思い出せなかったのと同様に、思い出せない。
「――存在できない」
友人たちの顔が、見えた。
猫耳や兎耳、タキシードといったアリスチックな衣装に、一瞬、まだ夢の中かと錯覚する。
「起きたわね、環。早く、時間ないわよ」
「えーっと・・・部長、今何時?」
「あと十分。ほら、皆も。人の事だけ心配してる場合じゃないでしょう!」
夢と同じ口調に、苦笑する。
「・・・意識失うなんて、初体験だな」
二十分ほど前に舞台裏に移動して、足を滑らせて気絶。よし、大丈夫、覚えてる。少し安堵して、ゆっくりと頭を起こす。異常はないようだが、おそらく、舞台が終れば部長に病院へ引っ張っていかれるだろう。
あと、数分。頭に手をやると、「アリス」用に金のスプレーをかけて、ウェーブをつけた髪に気付く。
何故役者でもない友人たちが劇の衣装で夢に出ていたのかは疑問だが、まあ、夢だから仕方ない。とりあえず、今は舞台に集中するべきだろう。
起きて、夢を見ないと。
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