日差しが心地いい。空も、深い青と眩しいほどの白の対比が、つい仰ぎ見たくなるほどに美しい。風が冷たくなければ、春と勘違いしたかもしれない。その春も、そう遠くはない。

 風が、野辺の草を揺らす。ここもじきに、花が咲き始めるだろう。

 山のふもとには、小さな家が立っていた。すぐ近くに家はないが、人里離れているというほどではない。

「何してるんだよ」

 びくりと、祭壇から饅頭をつまもうとしていた男の肩が揺れる。彼がゆっくりと首だけを向けると、そこには十ほどの少年が立っていた。呆れ顔だ。

「や、やあ、戻[レイ]。いつからそこに?」

「草むしりは終ったよ。饅頭食べるなら、祭壇に手を出さなくてもあっちに置いてあるだろ」

「いや、僕は何も・・・」

「取って来るから」

 年長者であるはずの男を睨みつけて、少年は踵を翻した。その途端に、祭壇に手が伸びる。

「待ってろって」

 予想していたらしく、瞬時に姿を現した少年が、男の頭を足で蹴った。男が、祭壇を正面に見据えたまま、横に転ぶ。

「酷い、戻。僕が不甲斐無いからって、足蹴にしなくたって・・・」

「ちゃんと待ってりゃ蹴りゃしねえっての。三十にもなって、馬鹿な真似してんじゃねえよ」

「さんじゅう・・・・僕も、いよいよさんじゅうかあ・・・・・」

 そこだけ影を負ったように落ち込む男に、少年が冷ややかな視線を向ける。まるで、立場が逆のような光景だ。

 少年は、深深と溜息をついた。

「そんなんで落ち込むなよ。まだ現役だろ、父さん」

 数日前に、親子ではないと話して以来呼んでくれなかった呼び名だ。男――采[サイ]は、笑顔で少年を見た。

 行き掛かりの女から託されただけの子ではあるが、まだ産着も取れないような頃から十年も一緒に暮らせば、大切な家族には変わりない。

「若作りだから誰も三十なんて思わないよ。実は不老じゃねーの?」

 照れ隠しのように、憎まれ口をたたく。だが実際、采は未だに二十歳でも通りそうだ。

「居るかね、采さん。仕事を頼みたいんだが――」

 玄関から呼ぶ声がして、二人はそちらに向かった。道士としての仕事は、大切な飯の種だった。

 よく晴れた空の下を、冷たい風が、通りすぎていった。 



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