「空[クウ]。これはわがままだがな。生きろよ。俺達の分まで」
その言葉に次いで、無重力状態になった。谷底の川目掛けて、投げられた。陽に灼けた、見慣れた壮年の頭領の、つよい笑顔が見えた。何が起きたのかが、よく判らなかった。
「さあて。どうせだ、てこずらせてやるか」
「よっしゃあ、打ち上げ花火といくか!」
遥か頭上で訊き慣れた声がして、森が燃えて、空が――自分と同じ名をしたそれが、赤く濁るのが見えた。
「どうして?」
呟いた声は、本人にさえ届かない。水音が鳴ったが、誰もそれに気を払わなかった。払えなかった。
* * *
樹の緑と空の青、幹の茶色が見える。どれだけ経ったのか、どれだけ流されたのかは判らないが、濁っていた空は、もういつも通りの色になっていた。空は、酷くぼんやりとそれを見ながら、手を動かしてみた。大丈夫。動く。
その全てが、誰か別の意識によっておこなわれているかのような感覚に陥りながら、空はやはりぼんやりと考えた。
何だったんだろう、あれ。おっちゃん達はどうなったんだろう。なんであたしだけ、ここにいるんだろう。みんなは? 何ここ。森、燃えてた。みんな大丈夫なのかな。あんな空、初めて見た。赤黒かった。
雑多に浮かぶ事柄の、どれにも答えを見出せない。答えてくれる人も、人以外の動物もいない。考えてみれば、こんな風に一人になるのは初めてだった。
空は、名付けられるまで「虎の子」と呼ばれていた。
大切な宝というわけではなく、そのままの意味で。彼女は、最初虎の背に乗って現れたのだ。山賊の群れに馴染み、そこで暮らすようになった少女に名を与えたのは、頭領だった。
『馬鹿みたいに広くて、俺達でも受け止めてくれるからな。お前にゃぴったりだ』
それこそ馬鹿みたいに笑いながら、言った。
やたらと個性の強い人々の中は、楽しかった。次第に動物達よりも彼らと共にいるようになったのも、そのためだった。虎を主とした動物達に育てられ、人としての行動をあまり知らなかった空を、見守ってくれた。厳しかったり、乱暴だったりしても、どこか優しかった。
今空は、その彼らと切り離されていた。育ての親の虎や山賊達どころか、友達の動物も山賊達の子供もいない。ただ一人で放り出されて、どうすればいいのかも判らない。
「俺達の分までって、どういう事・・・?」
解からないまま、何故か泣き出してしまった。泣いていることに気付かないかのように、空はぼけっと空を見ていた。仰向けに体を投げ出しているから、草や地面に触れる背が、土の湿った冷たさを伝えてくる。石が当たって、少し痛い。
どのくらいそうしていただろう。
暗くなった森の中で、空は立ち上がった。気付くと、近くに見知らぬけものたちが集まっていた。昔から、彼らとの隔たりはない。距離を置いたり、狩ったりする「おっちゃん」たちが、そこのところだけは少し、解からなかった。
「・・・うん、ありがと。そっか・・・死んじゃったのか、おっちゃん達・・・・・。でも、あたし行くよ。――あっち?」
人が暮らす場所を教えてくれた狐に手を振り、空はそちらに向かって歩いていった。「おっちゃん」達と暮らすようになってから、もう以前と同じように、けものたちとだけ暮らしていけない事は判っていた。「人」が誰もいないということには、もう耐えられなくなっている。
空は、まだ何も知らなかった。自分が、「人」ではないとされるなど、思ってもみなかった。
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