道標


「きめた! オレ、剣士になる!」

「・・・・・・・・・そう」

 兄のファウスの宣言に、弟のラティスは、何と言っていいか判らず、短くそれだけをどうにか押し出した。

 多分そのとき、ラティスは物凄く奇妙なかおをしていただろう。

 数ヶ月だけ年長の兄は、この国では珍しく、魔力が欠片ほどもない。つまりは、それに対する耐性もなく、それなのに、何を血迷って剣士。

 剣士になれば、必然、魔獣や魔導士と渡り合うことになる。それでなくても、天然の魔力を秘めた場所は多い。

 しかし、そうと知った上で、ラティスは兄が、本当は魔導師になりたかったのだということを知っている。魔術師だった祖先に憧れ、そのために師を捜したこともあった。

 だから、無下に否定することもできなかった。

 ついでに、兄が一度決めたことは、そう簡単には諦めないことも知っている。

「・・・どうやって?」

「とりあえずまち行って、テキトーに道場やぶってくる!」

「待った。待って、待って! とりあえず待って!」

「なんだよ。文句があるのか? オレのことだぞ?」

 兄の予定の無茶苦茶さに慌てるラティスに、ファウスは、心外そうに口を尖らせた。

 自分とよく似た線の細い顔を眺めやって、ラティスは頭を抱えた。

 兄を一息に言い表わすならば――単純馬鹿の頑固者。

「ほらオレ、ケンカは強いだろ。でもやっぱ、ちゃんとたたかい方を知ってる強いヤツにはかなわないと思うんだよな。だからさ、とりあえずまけた相手に弟子入りして、強くなったら次さがすんだ」

 一体どこでそんな着想を得たのか、不思議に思ったラティスはだが、両親らに話をするために勇み足で向かったファウスが、口ずさむ流行歌[はやりうた]に、げんなりと肩を落とした。

 それは、おそらくは本家の街では廃れてしまっているだろう、この辺りでの流行歌だった。

 武芸一つで身を立てる、青年の勇ましい吟遊詩。

「・・・本当にばかだ、フィスは・・・」

 深く、溜息をつく。――しかしそれは、曲がりなりにも行く先を決めた兄に対する、わずかなやっかみも含まれていた。

 ラティスもそろそろ、決めなければならない。既に、魔導士になるための修行をしないかとの声はかかっている。

 躊躇うのは、それが兄のなりたかったものだと知っているからだというのもあるにはあるが、それよりも、怖いからだった。

 未知のものに対して、好奇心もあるが、恐怖もある。ましてや、それが己の内にあっては、逃れようもない。その得体の知れない力を直視するのは怖く、かといって放置するのも、不安だった。

 だからラティスは、そこから一歩も動けない。

 他の未来を考えることは出来ないのに、魔術を使う自分も思い描けない。蹲ったまま目をつぶり、自分がどこにいるのかも見えないでいる。

 兄は躊躇わず、真っ直ぐに、くじけてもへこたれずに進んでいく。それが、ラティスには羨ましかった。

「なあ、ラス。母さんたちどこ? へやにはいなかった」

「もうすぐ帰ってくるよ」

「そっか。・・・なんだよ、ラス。おこってるのか?」

「え?」

 きょとんと、兄の顔を見つめる。何だ違うのか、と言って、ファウスはラティスの眉間に人差し指を当てた。

「しわ。おこるとラス、ここにしわつくるだろ。ばあちゃんみたいに。ああ、もしかしてオレのことシンパイしてくれて」

「ないからね」

 間を置かずに断言すると、兄は、面白くなさそうに口を尖らせた。しかしすぐに、笑顔に変わる。

「あのさ、ラス。オレちょっと考えたんだ。オレは魔力ないだろ? だから、オマエががんばって、ふたりぶんなんとかしてくれよ」

「・・・フィス、それって、どのくらい大変なことかわかって言ってる?」

「だいじょうぶ、オマエならなんとかなる!」

「はげましにもならないよ、それ・・・」

「なんでだよー。いい考えだろー?」

 ぜんぜんまったく。

 そう断言しておきながら、ラティスは、先が定まったのを知った。なければ、補えばいい。嫌々でなければ、それは嬉しいことだから。

 ただ直進していく兄は、本人の知らないうちに、ラティスの行く先を照らしていた。


 ちなみに、ファウスの主張は聞き容れられず、家出同然に飛び出すこととなったのだった。
 そして家に戻ったときには、二人は、駆け出しながらもそれぞれに一人前になっていた。


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