台風卵

「さあってと」

 お仕事お仕事、とゆらは呟いた。弾むように歩いて、壁に打ち付けられた棚から小壜を取り上げる。そこには、青いラベルが張りつけてあった。もう一つ、赤いラベルの小壜も手にする。そちらは、丸くて大きな口の青ラベルの壜とは逆に、四角くて小さな口になっている。

 両方の小壜を紐で結わいつけて首から下げると、ゆらは小屋の戸を押し開けた。空色の帽子にマント、草色の靴。準備は万端。小さな手で戸を閉めると、大きく息を吸い込んだ。

「今日もいい天気。これならすぐだぁね」

 機嫌よく言うと、二つの小壜とは別に首にかかった鎖を探る。幾つもの鍵束の中からねじれた笛を見つけると、それを吹き鳴らした。すぐに、運び屋のきたが駆けつける。

 雲色の帽子にマント、海色の靴。小さな体で、雲の上に胸を張って立っている。ゆらの顔なじみだ。

「よう、また仕事か、ゆら?」

「そっちこそ。今日は、南の端までと北のタカト。よろしくね」

「おう。ここんとこ大忙しだな、ゆら。おとついも西で」

「ああっ!」

 言葉を遮っての大声に、きたは跳び上がった。

「回収は二個あったんだっ!」

 ついさっきまでののんびりした動きから一転して、慌しげに足を動かす。だが、動かすだけで何にもなっていなかった。やがて、がっくりと肩を落とす。

「・・・今日もご飯ぬきだぁー」

「はあ?」

「昨日、寝過ごして壜作る時間なくって、晩ご飯食べれなかったんだ。あーあ、やっちゃった。壜なしってつかれるのに」

 そう言いながら雲によじ登ると、きたの後ろに納まる。いいもん、朝ご飯倍食べるから、との呟きが聞こえた。

「いいか? 行くぞ?」

「はいな」

 雲は飛び立つと、どんどんスピードを上げた。足元には、森がじゅうたんのように見える。海が、大きな鏡のようだ。

 南の端まで来ると、ゆらは立ち上がった。逆に、きたが雲に座る。

 青いラベルの壜を手に取り、コルクの栓を抜く。中からは光色の玉が出て、壜の上に静止した。

「いってらっしゃい」

 ゆらの声に、玉は下の海目掛けて落ちていった。落ちるごとに、大きくなっていく。やがては落ちるのも大きくなるのも止まった玉を見て、ゆらは壜にコルクを嵌めた。

「次に行こう」

「おう」

 再び、雲が走り出す。濡れじゅうたんの森、割れ鏡の海、弾丸の雨。

 北のタカトに着くと、ここでも、ゆらは壜を手にする。今度は赤いラベルの方だ。壜のコルクを抜くと、今度は何も出てこない。その口を、雲の端から伸ばした手の先で下に向けた。

「おかえりなさい」

 下から、闇色の玉が上がってくる。上がるにつれて、玉は小さくなっていった。ゆらたちのところまで上がってきた時には、小さい壜の口にぴったりの大きさになっていた。

 雲に座り直すと、ゆらは両方の壜からラベルを剥がした。赤と青、それぞれを首からぶら下げた鍵に張る。

「で、次は?」

「東中央。もし終って寝てたら、送ってってね。置いて帰ったりしたら、きたの家の真上で大きな台風卵落とすよ」

「わかってるって。信用ね―なあ」

「だってきた、一回ほんとに置いて帰った」

「あー、悪かったって、あのときは。もう二度としないってば」

 よろしい、とゆらが言うと、雲は発進した。

 東中央に着くと、ゆらは溜息をついた。久々だぁね。大丈夫かなあと言ってから、雲の端に立って、手を広げる。



  おかえりなさい 我が子よ
  おかえりなさい このゆうべに
  おかえりなさい 我が元に
  おかえりなさい あすのひまで



 ゆっくりと、歌うように。やがて、下からはさっきと同じように闇色の玉が浮かんできた。徐々に小さくなり、由良の手元に来たときには、卵型になっていた。ゆらが、その卵を優しく受け取る。

 百年もすれば、これがまた台風卵になる。

 卵を掴んだゆらは、ゆっくりと雲に座り込んだ、逆に、座っていたきたが立ち上がって、その顔を覗き込む。疲れた様子だが、寝てはいなかった。きたを見て、ゆるりと微笑む。

 きたは、小さく咳払いをした。

「ゆら。起きてられるなら、俺がご飯作ってやるぞ?」

「ありがと」

 気付けば浮かんだ月の下を、二人は雲に乗って帰っていった。  



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