「劉[リュウ]っ、次の仕事何があるー? 高いのがいいな、高いの!」
雑貨屋と居酒屋を兼ねながら、尚且つハンターの情報屋でもある店に入りながらの、白華[ハクカ]の一言。店の常連は既に慣れており、驚いたカオをするのは新入りか通り掛かりと相場が決まっている。
混じりっけ無しの短い白髪を逆立てた少年は、十四にして一人前の植物ハンターにして、この店の常連だった。
「・・・お前ねえ。もっと大人しく入って来いって何遍言ったらわかるよ? ええ?」
「いいじゃん別に―。ほら、取ってきたし。金貨虫。これで合ってるだろ?」
虫とつくが実際には小さな花を咲かせる一年草を、土ごと収納できる保存容器に入れてカウンターの上に出した。即座に、カウンターの向こうから手が伸びて、劉が情報端末の情報と逐一照らし合わせて、「取得」情報を送信する。
その頃には、店にいた何人かが白華の後ろに集まっていた。
「へえ。金貨虫をなあ・・・」
「こりゃあたいしたもんだ。凍死せんかったか?」
「おい、百華[ヒャッカ]。お前今回はどこまで行って来たんだ。教えろ、地図作りの足しにする」
「いいけど、ちゃんと情報料くれよな、Luster[ラスター]」
劉が容器を奥に運んでいる間に、白華、ハンター登録名百華は、年齢・体積ともに倍くらいはありそうな中年やがりがりに痩せた小男、学者風の青年などと情報交換を含んだ会話を交わし、いつの間にか出されていた、定番のお茶をすする。
劉が戻ってきた頃には一段落つき、白華は、カウンターでのんびりと湯のみを抱えていた。
「遅いよ、劉。仕事するのに時間かかってる。年取った?」
「またそういう、口だけは一人前だな? がきんちょ」
「俺、仕事も一人前だもんね―っ。だから、次の仕事!」
「はいはい」
白華の前に固焼きのパンを置いて、条件を聞きながら情報端末で検索をかける。
ここまでは、大体の常連客に対するのと変わらない。
しかし、そうやって情報を呼び出しておきながら、見せるのを躊躇うのは親心だろうか。幼くして捨てられた白華を育てたのは、当時、今の白華と幾つかしか年の変わらない劉なのだ。
「・・・なあ、ハッカ。お前ももういい加減稼いだし、ここらで少し休むとかしたらどうだ?」
「やだよ。おっ、これいいんじゃない?」
「どれ? あーっ、これは駄目! 絶対駄目だ!」
「なっ・・・」
大声を出されて、思わず白華は椅子ごと後ずさった。店内にいた客たちも、滅多にない劉の大声に、ぎょっとして注視する。近くにいた何人かは、何事かと端末の画面を覗き込んだ。
「これは、もう何人も行方不明者が出てるんだ。そろそろ、取り消しの案も出てきてる」
それに同意して、見ていた何人かが肯いた。
「俺らはどこでどう死んでも不思議じゃねえけどなあ。こればっかは、いい噂聞かねえなあ」
「なんせ、受けた奴の足取りもろくに追えないらしいからな」
「大体、この教団自体ろくな噂がないのよ。若い子監禁してるとか、信者の身内から大金巻き上げてるとか」
「そんなこと言って、ただあんたたちの手に負えないだけじゃないの?」
「何!?」
素っ気無い声にいきり立った客たちだったが、何人かは、声の主を認めると、決まり悪げに目を逸らした。
「裏で、何度も呼んだのよ。ベルが壊れたなら、早く直してよ。この人たちが気前よく落としていってくれるんだから、お金がないわけじゃないでしょ」
「ごめん、瑠璃[ルリ]。待って、今代金を・・・」
「今度まとめてもらうわ。ここに置いて行くけど、そこまでくらい運んでくれるでしょ」
初めから終わりまで、非友好的な態度で通した少女は、扉を叩きつけるようにして出て行った。
店のあちこちで、囁くような会話が交わされる。「・・・まだ、立ち直らないんだな・・・」「無理もない」「でも、あたしたちまで目の仇にするなんてお門違いよ」・・・。
少女は、身内をハンターに殺された。
ハンター、と一言に言ってもその内情は様々だ。腕の良し悪しがあるのは当然として、白華の「植物」のように、一応の分野分けもして登録されている。もっともこれは、その分野の専門というだけで、他の分野の仕事をしてはならないわけではないのだが。
そして、そういった公のものとは別に、裏で非合法的に登録されているハンターもある。そちらは、人殺しや武器の調達などの分野分けがなされている。少女の家族を殺したのも、こちらだ。
それまでは、この店にも良く遊びに来て、休んでいるハンターから話を聞いたり、年の近い白華と遊んだりもしていたのだが・・・。
「あ、そうだ」
暗い雰囲気の店で殊更に明るく、白華は声を上げた。
「俺、金貨虫見つける途中でチゲの実見つけたんだ。沢山とってきたから、買ってくれよ」
「お前、そんな危ないもの持ってよく・・・。とりあえず、状態見るから出してみろ」
「それと俺、やっぱりさっきのやつ、受けたい」
言い切った白華を見つめて、店内は一時、空気が固まった。
「こちらです」
「はあ」
案内されて、通されたのは、奥まったところにある離れ。どう見ても一般信者や、通りがかっただけの者が通されるところではなさそうだった。他の建物同様に、白でうめ尽くされている。案内したものの格好も白で、頭には白い布を巻きつけている。
標的に関して、詳細は直に会ってとあったから、来ただけなのだが。
髪の毛の白い白華は、生まれつきなのにこの教団のために染めたように思われる気がして、少し厭な気分になった。今のところ、神に頼りたいとは思えない。
「ようこそいらっしゃいました」
案内人が退室すると、正面から声がした。か細い少女の声に、なんとなく姿勢を正す。
「そんなに離れていては・・・もう少し、近付いてきてはいただけませんか?」
言われたままに近付くと、仕切られていた白布が外された。
そこには、長い真っ白の髪をした、少女だった。人とは思えないほどの美人で、白華は呆けていた。
そして。
「私のために死んでくれませんか?」
魅入られた。
そんな表現で正しいだろうか。
艶然と微笑まれて、白華は呆とそれに見入っていた。その背後から、白い触手のようなものが這い寄って来る。しかし、白華は身動きさえしない。
そこに、爆発が起こった。
「っ・・・?!」
はっと我に返る。わき腹が、爆発に焦げていた。鈍い痛みに顔をしかめる。
「・・・って、なんだよ、これ・・・?」
半ば呆然と、白華は周囲に目をはしらせた。白い部屋に縦横無尽に張り巡らされた、白く長い物体。
視線を向かいに座る少女に戻して、白華は表情を強張らせた。
何も見ていない瞳。
感情の浮かばない顔。
今となっては、何故それに見入ったのかさえ判らない。綺麗だとしても、人形の美しさでしかなく、不気味さの方が勝る。
どうにか視線を外して、白華はわき腹を探った。服のポケットの残骸に触れ、ああ、と小さく呟く。そこには、チゲの実の破片が残っていた。チゲの実は、強い衝撃を与えると爆発する。
「・・・もう、死んでるのか・・・」
さわさわと揺れ、近寄ってくる細長い物体を見て、白華は呟いた。これと、同じ物を知っている。記憶の端にかかったそれを探って、一度、目を閉じた。
「依りにしやがったな!」
人魂華。生物を糧とし、自らが喰らったものの皮を被って擬態する。その際に、予言をするとの報告もある。そのため、過去にはわざと人を与え、予言を引き出そうとしたものも見られている。それが「華贄」という、部族を挙げての行事だったところもあった。
白華は、上着を頭から被って、手袋に包まれた手で細長い物体、人魂華の根を払った。人魂華は、肌から進入してくる。今回、金貨虫の時に防寒対策を引き摺ったままだったのがついていた。完全に素肌をさらしているのは、顔くらいのものだ。
根を掻き分けて部屋の外に出ても、後ろから追いかけてきた。
「な・・・なんということを・・・」
「んぁ?」
根を凝視して、立ち尽す男が一人。前進白ずくめだが、ひそかに銀の刺繍が入っているところからすると、それなりの位置にある人物か。
白華は、逃げようともしない男を引っ張って、大声を張り上げた。
「おい! 食事場はどこだ?! 飯作ってるとこだよ! あるだろ! じゃなきゃ風呂場! 近い方を言え!」
「な・・・」
「ええいっ、使えねえ! どっか逃げてろ! 邪魔!」
男を離れから突き飛ばしておいて、自身は更に離れの廊下を走る。一般人のいるところに持って行ってしまうと、惨事は目に見える。
「あーっ、ちっくしょう、火! どっかねーのかよっ?!」
植物は、概して火に弱い。その中でも、水分があるはずなのに何故か、人魂華は燃え易かった。
チゲの実を劉に渡さなければ良かったとも思うが、そうした場合、人魂華の根が初めに触れてきたときに白華も吹っ飛んでいただろう。
「火、火・・・よっしゃ、ガス袋!」
向かいの建物に据え付けられた、茶色い袋。揮発性の天然ガスを閉じ込めたそれは、簡単に火花を炎にするために、少量ずつ使われる。白華は、袋を掴むと、チゲの実の破片をつかんでこすり合わせた。
火花が出たときを見計らって、袋の中に投げ入れて離れの中央、さっきまで自分のいた部屋に放り込む。
大きな爆発音がして、炎が離れに移るまで、長くはかからなかった。
「お疲れ」
「うん」
甘いホットチョコレートのカップを抱えて、こくりと白華は肯いた。
いつもの通りに劉の店だが、開店前なので、他に人はいない。朝だった。
「なんか色々疲れた。今回は」
離れが燃え尽きるまでに、多くの信者が駆け寄ってきた。白華はそれを牽制して、完全に炭になるまで待って、司法局に連絡を取った。これから、あの教団のやったことが激しく追及されていくことだろう。
姿を消したハンターたちは、まず人魂華に喰われたと考えていいだろう。それもお告げに含まれていたのだと、幹部の一人が口走ったらしい。
「・・・なあ、白華。やっぱりお前・・・」
「やめないよ。休みもしない」
「だけどなあ・・・」
「今回のは、俺が迂闊だったってだけだし。・・・ちょっと、瑠璃に意地張っちゃってさ。あいつ、わかってるはずなのに、あんなこと言うから」
ひょっとすると、白華よりもハンターたちの仕事に興味を持っていたのは、瑠璃の方だったかもしれない。それなのに、家族を殺されて以来、ハンターどころか自分をも憎んでいるように思えてしまう。
白華は、それが厭だった。
「お前たちを、こんな仕事に関わらせるんじゃなかったよ」
「馬鹿言うなよ、劉。俺、感謝してるんだよ? この仕事好きだし。劉に拾われて良かったって、思ってる」
いつの間にか立場は逆転して、劉の方が慰められている。
そうしている間に開店時間になり、店には、いつものように客が訪れはじめた。
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