結婚式場

 ――困ったわ。
 花嫁は、眉をひそめていた。
 折角のウェディング・ドレスだというのに、サイズが合わない。着れないほどではなく、現に今、ちゃんと着ているのだが、いささか・・・というかかなりというか、腹の辺りがきつい。
 多少見栄を張ってしまったせいか、昨日、最後だからと豪勢だった実家の夕食を食べすぎてしまったせいなのか。みっともなくて、誰にも言えやしない。
 式は、まだ始まってもいないというのに、既に苦しい。あとは、根性で我慢するしかなかった。生地も根性を見せて、無様に敗れたりしないよう祈るのみだ。
 とんとん拍子に話が進み、何か落とし穴くらいあるかもしれないとは思ったものの、まさかこんな情けなくかつ小規模な落とし穴があろうとは、考えもしなかった。

 ――弱ったなあ。
 花婿は、頭を抱えていた。
 もう式が始まるという今になって、まずい失敗に気付いてしまった。本物以上に犬猿の仲の上司同士を、隣り合わせの席にしてしまっていたのだ。今まで気付かずにいた自分に、いっそ驚きを覚える。
 これはまずい。後で皮肉や嫌味を言われる程度で済めばいいが、子供じみた嫌がらせでもされたら・・・。
 控え室でそのことに気付き、こうして大慌てで係の者を探しているのだった。誰に言えばいいのか、言って今から変えられるものなのかも判らないが、そのまま放っておくわけにもいかない。
 家族でもいれば頼めたのだが、もう時間も近いからと、早々に控え室を出て行ったのが裏目に出た。まったく、今日は晴れの舞台ではなかったのか。
 溜息をつく閑すら、ないような気がした。

 ――まずいぞ。
 料理長は、声に出さずに呻いていた。
 食材が足りない。しかも、誰の不手際というわけでもなく、強いていえば猫を街中で逃がしてしまった飼い主、ということになるだろうか。しかし、病院に行く途中で脱走した猫が、ホテルに入り込むなどと、しかもそこで食材を漁るなどと、誰が想像し得ただろう。
 文句を言う相手がいないというのも、辛いところだった。
 弁償その他の話は、支配人と飼い主の間で決着がついたらしいが、今問題となるのはそんなことではない。大急ぎで食材確保の手配をしたが、到着するにはもう少し時間がかかる。
 全てが無駄になったわけではないとはいえ、全てを賄うには足りない。とりあえず通常通りに料理をしているが、このままではいけないのだ。
 他の料理人の密かな視線を浴びながら、この場での最高責任者は、心の中でだけ頭を抱えるのだった。

 ――いやだ、どうしよう。
 新郎の従兄妹は、顔を赤くした。
 こんな場で熟睡できるというのは、逆に凄いのかもしれない。しかし、その理由がゲームのしすぎというのも問題だ。そんなことを考えながら、こっそりと控え目に、弟のわき腹をつつく。
 しかし、例えうたた寝でもなかなか目を覚まさないのが我が弟だ。それに、中途半端に目を覚まして、寝ぼけて妙な行動をとられても困る。
 一人焦りながら、周囲に座る親戚を見まわす。しかし、気付いていないのかわざとか、助けてくれそうな人は誰もいない。せめて両親がいればと思うが、仕事での不参加なのだから仕方ない。助けを求めて見回して、たまたま目の合った違うテーブルの幼い少女に引きつり気味の笑顔を返しながら、弟の頭をはたきたい衝動に駆られていた。

 ――参ったな・・・。
 新郎と新婦の共通の友人は、溜息をついていた。
 突然に跳び込んできて、咄嗟に受け止めてしまった。あそこで、跳ね除けるなりトスを上げるなり、他の対応をとれば良かったのだ。しかし現実として、反射的に受け止めていた。
 花嫁のブーケをもらうと結婚できるなどと、誰が始めに言い出したのだろう。そのせいで今、知り合いも見知らぬ者も含めた女性陣から、睨みつけられる羽目になっている。そもそも自分は、既に結婚しているのだが。
 周囲の視線が痛く、本日の主役である新郎は、にやりと笑っているようですらあった。
 そこで咄嗟に、目に入ったまだ幼い愛娘に、ブーケを渡してしまった。周囲の視線は和らぎ、娘も純粋に喜んだが、若い父親が、しまった、と後悔するまでにそう時間はかからなかった。
 娘の結婚はまだ先でいいと思う、やや先走りした父であった。

 ――その日、親しい者だけ残った三次会で、酔っ払った誰かがありきたりの言葉を述べるのだった。曰く、「結婚は人生の墓場だ。なんだって、好き好んで自分から入るんだ」と。
 それでも人々は結婚をし、儀式としての結婚式を行うのだった。様々なドラマを秘めた、結婚式を。



数字版 中表紙
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送