「だーから知らないって。しっつこいなー」

 リデイラは、両脇を体つきのしっかりとした男に挟まれ、尚且つ両手を紐で縛られたまま、平然と言ってのけた。森の洞窟の中でそれに相対する老人は、疑い深い目を向けた。

 だがリデイラは一向に怯まず、それどころか睨み返しすらした。

「連れて行け」

 静かな老人の声に、両脇の男たちが動く。

 あっ、引っ張るなって、痛いじゃないか、自分で歩けるってのに。

 元気のいい声を耳にしながら、老人は目をつぶった。

「・・・丁重にな」

 それは、皮肉でしかなかった。

*   *   *


 頑丈な扉を閉められて、リデイラはようやく口を閉じた。ため息をついてから、部屋を見回す。天然か新しく掘ったのか、洞窟に扉をつけただけの部屋だ。だが、それだけに逆に逃げにくい。入り口以外からの脱走は、まず無理だと考えたほうがいいだろう。

 次に、壁に背をもたれかけさせて座っている男。顔が腫れ上がっている上に、暴行を加えられたせいで服もぼろぼろになっている。体中傷だらけだ。骨くらい折れているかもしれない。

 年は四十半ばといったところだろうか。髪には、白いものが混じり始めている。この男が、リデイラがここにいる原因であり、「閂」の依頼者だった。

 リデイラは、男の前にかがみこんだ。意識はないようだが、正常に呼吸はしている。  

「ちょっと、誰か! 水と布、持って来て!」

 扉に近づくと、リデイラは声を張り上げた。扉を隔てた向こう側で、わずかに呆れたような声が返ってくる。

「何言ってやがんだ、てめえ、自分の立場ってもんがわかってんのか?」

「わかってなきゃ、ここから出せって言ってるわよ。いいから水と布、持ってくるの、こないの? 言っとくけど、あそこの人、放っとくと炎症とかで死ぬかもしれないわよ?」

「そんなの知ったことか」

「あ、そう。かしらに聞いても、そんな返事が返ってくるの? あんたたち、あたしとあの男に訊きたいことがあるんじゃなかったの?」

「だからそれは・・・・」

「万が一あたしにその気が起きても、あの人が死んでたら何もできないわよ? しないんじゃなくて、できないんだからね。いいの、それで?」

 扉の前の男は、しばらく考え込んでから、鍵がかかっていることを確認して、扉の前を離れたようだった。

 たかだか番人程度が詳しくは知らさせていないかと思ったが、違ったようだ。それほどにこの山賊一団が情報を重視しているのか、リデイラたちにそれなりに地位のある者をつけたのか、どちらかだろうか。

 まあどっちにしろ、ここでの会話はあのはげちゃびんに筒抜けなんだろうなあ。空調の穴かさっき扉の前にいた男が逐一伝えるかして、かしらは話を把握しているはずだ。  

「う・・・・・」

「気がついた? うるさくしてごめん、頭がくらくらするとかはない?」

「あ・・・」

 リデイラの顔を覚えていたのか、男は何かいいかけたが、痛みのせいで言うことはできなかった。リデイラは、父親ほども歳の離れた男を、やさしい眼で見た。

 もともとはこの男は、この山賊たちの知恵袋、かしらの右腕的な役割をしていた。それが、古文書の解読をしていたときに理想郷とも言われる黄金郷の位置を知り、その地を単独で訪れ、そのままにしておくべきだと考えて、リデイラに記憶の封印を頼んだ。仲間に存在を知られている以上、普通に隠し通すのは無理だと考えたのだろう。

 ――そういう人は、嫌いじゃない。

「ちょっと待ってて、少ししたら手当てするから。ここ、治癒ができる魔道使いっていないの?」

「い、な・・・い・・・」

「そっか。じゃ、地道に手当てするしかないのか」

 リデイラには、記憶を封印するという能力はあるが、それしかない。旅の必需品の薬草一式は持っているのだが、それも捕まったときに取り上げられてしまった。道具を持たせると何をするかわからないと思われたらしいが、あいにくそんな力は持ち合わせていない。だが、勘違いしているならさせておくほうが何かと役に立つだろう。

「あ。ちょっと応用」

 そう言うと、リデイラは男の額に手を当てた。乾いた血の感触がする。

「痛みを封印するから。解除の言葉は・・『焔[ほむら]』。――どう?」

「あ・・・。痛くない・・」

「成功」

 笑顔の少女に、男は腫れた顔で、感謝を込めた瞳を向けた。

 男が感謝を言うよりも早く、扉が開いた。見ると、リデイラと同年代ほどの金髪の青年とこの部屋に入るときに見たスキンヘッドの男が立っていた。青年は、水桶と食べ物らしきものが入った木桶を持っている。

 スキンヘッドの男は、リデイラたちをひと睨みすると青年に会釈をし、扉と鍵を閉めた。

「食べる?」

 目の前に突き出された桶に、リデイラはわずかにあとずさった。青年は意に介さず、果物や握り飯の入った桶の中を見せる。

「ほら、おいしいよ? あ、長い時間親父と言い合って疲れたと思って、ワインも持ってきたんだけど。ねえねえ、君名前は? 俺はね、ハヤトって・・・・」

 無言で水桶をひったくると、リデイラは布で男の顔をぬぐった。準備良く傷薬も入れられていたので、それも使う。男は、何度か自分でやるよ、と言ってはその度に、リデイラに却下されていた。

 青年は、その間もいろいろと話し掛けていたが、リデイラは完全に無視を決め込んでいた。

「ねーってば。俺のとこくれば、こんな扱いさせないよ?」

「はい、水桶。用はないから、出ていってくれない」

「それはないんじゃない? 人を邪魔みたいにさ」

「居るだけでうっとうしいんだけど」

 わざとらしく傷付いた振りをする青年を、リデイラは冷たく見返した。軽い、こういったタイプは嫌いなのだ。スキンヘッドのあの態度と[親父」と言ったことからして、あのかしらの息子といったところだろうか。

 男は、裏切った形になったことが後ろめたいのか、青年からは決まり悪げに目を逸らしている。

 ――息子?

「あんた、あのかしらの息子? 若棟梁とか?」

「うん。だから、俺と一緒にいれば悪いようにはしな・・・」

 にっこりと微笑むと、リデイラはハヤトと名乗った青年の首に手をかけ、靴に隠しておいたナイフをその喉元に突きつけた。男二人が目を見開いている中、リデイラは平然と二人に立ち上がるよう促した。

「ちょ、ちょっと、こんなことしなくたって出したげるって」

「黙ってて、人質。あ。いや、外の奴に呼びかけてくれる?」

「えー、それって俺、むちゃくちゃ情けなくない?」

 この状況で、よくそんなことが言える。リデイラは、先刻の自分を棚に上げてそう思った。

 無言でナイフに込めた力を強めると、ハヤトは観念したように、「わかったから、少しは緩めてくれないと喉切っちゃうって」と言った。そして溜息をつくと、おむろに悲壮な声を上げる。

「ジーン、鍵をあけて、外に出してくれ。聞こえてただろ、さっきまでの会話。開けてくれなきゃ、俺あの世に行っちゃうよ」

「ぼっちゃん・・・」

 扉の向こうで、焦ったような、情けないような声がして、少しすると扉が開いた。ジーンという名のスキンヘッドが、リデイラを睨み付ける。それでも手出ししないのは、どうやら人質としての価値はあったようだ。

「じゃ、出口に案内してもらおうか。あ。その前に、私の荷物返してもらえる?」

*   *   *


 森を抜けると、町までは短い一本道だった。

 医者か魔導師のいるところまで男を送り届けるために、リデイラと男はその道を歩いていた。問題なのは、そこにハヤトもいることだった。おかげで、リデイラはさっきから顔つきが険悪になっている。

「帰らなくていいの、ぼっちゃん」

「え、何? 何で俺が帰るんだよ?」

「はっきり言ってなんでここまでついてくるのか、のほうが不思議なんだけど。この人の場所をお父さんに告げ口するつもりなら、諦めることね。その記憶は封印させてもらうから。わかったら帰ったら?」

「何言ってるんだよ。あんなところに誰が戻るかっての。俺、リディと一緒に行くことに決めたから」

「え、なっ・・・」

 名前を教えた覚えも、誰かに呼ばれた覚えもない。それなのに何故、愛称を呼ばれるのか。リデイラは、道の真中で立ち止まった。ハヤトは、驚かせたことが満足なのか、満面の笑みを浮かべている。

「特殊技能を持ってるのは、リディだけじゃないってこと。いやあ、実は俺、この能力でディーンの記憶読めって言われたんだけどさあ、リディががっちり封印してるし。解除法、作ってなかっただろ? 作ってたら判ったんだけどさー」

 またしても当てられて、つまらなそうに頷く。男は、二人を興味深そうに見ていた。

「で、親父にもいいかげんうんぞりしてたしね。そこにリディが来てさ、渡りに船って感じで」

 脱出成功、と笑った。

「ま、いいじゃん。知り合いの千里眼のばーちゃんに聞いたら、俺の能力って他に持ってる奴いないらしいし。道具とか使った儀式形式なら判らないけど。だからさ、俺がリディにつけば、秘密だとかを封印する仕事の邪魔者がいなくなるってことだろ?」 

 お得だよ?

 楽しそうに言うハヤトに断ったらどうするつもり、と言うと、やはり楽しそうに、リディの妨害をしまくるに決まってるじゃないか、と言う。

「・・・好きにして」

 この一件、関わるんじゃなかった。そう思って、ディーンという名の男を恨めしく思うリデイラだった。     



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