そこには、明らかにニンジンと明らかにミカンがいた。いや、ミカンの方は、実は何か他の柑橘類という可能性もある。最近では、かけ合わせによるポンカンなど、様々に出ているのだから。
ニンジンとミカンは、さっきからずっと、言い争っているようだった。
「だから! 俺が真の橙色だって言ってるだろっ!」
「なーにを言う。僕こそが本当の橙色だ。そんなに言い張っていると、引っ込みがつかなくなるぞ。ああ、もうそうなってるのか」
「なんだとっ?! 貴様こそ、自分の馬鹿差加減を知られるのが嫌で言い張ってるんだろうがっ!」
「これだから困る」
「何をぅ?!」
ああ、元気がいいな。そう、微笑ましく思った。
本人(?)たちは真剣なのだろうが、見ているとどうにも微笑ましい。まるで幼児向け番組かのように、愛らしい手足と顔のついた野菜と果物が言い争っているのだ。おまけに、自分こそが橙色をしていると言い合っているらしい。
ファンタジーの世界だなあ、と一人呟く。
「いい加減アタマ冷やせよ、な?」
赤みの強い朝鮮人参(おそらく)が、そう言ってニンジンに声をかけるが、ニンジンはその手を振り払い、逆に怒っているようだった。
「ほら、だからお前等は違うだろ」
ミカンの隣で、夏蜜柑(多分)がそう囃し立てる。
すると、ニンジン側から抗議の声が上がる。それに対して、ミカン側も負けじと反論する。刻一刻と、ニンジンやミカンの仲間は増えていくようだった。そうなると、いっそ壮観だった。
「黙らんかい」
突然の声に、野菜や果物たちは口を閉じた。まるで台所やこたつの上に転がっているただのニンジンかミカンのように、押し黙る。その中を、小ぶりのみかんが歩いてきた。
「わしが本家本元じゃ。わかっとるな?」
騒ぎの発端のニンジンとミカンの間に立って、双方を見ながら言う。言われた二人(?)は、気まずげに下を向いた。
「橙色というのは、橙の色じゃから言うんじゃ、じゃからわしの色に違いない」
そうして、騒ぎは治まるかに見えた。
ところが、ミカン側にいたらしいオレンジが、なんの含みもない無邪気な声をあげたのだった。
「でも、橙色ってオレンジ色とも言うんだろ?」
場は、騒然とした。
「―――――――――――――で?」
無け無しの気力を振り絞って、双海はそう言った。だが目の前に座る兄は、それに気付いてか気付かずか、無邪気な笑顔を浮かべているのだった。
「そこで終り。どうなったかな、あの後」
にこにこ。そんな擬音が聞こえてきそうだった。これで七つも歳が離れているのだから。下に離れているならともかく、上に離れているということが、双海には信じられなかった。その上、双海の通う高校で生物を教えているのだ。
世の中間違ってる、というのが双海の持論だった。
「あっ、ひょってして何かを暗示してるかもしれない。予知夢?」
「・・・めでたいアタマしてるよ、あんた」
「お兄ちゃんに向かってあんたはないだろ、双海」
「はいはいはいはい」
「そんな子に育てた覚えはないぞ」
真顔で、どこか恨めしそうに睨んでくる。
鬱陶しくなって邪険にすると、今度は拗ね始める。学校でもこの調子だから、生徒のウケはいいが、一部の話のわからない年配教師からは、色々と言われているらしい。だが鳴海は、そういったことを気にする人ではなかった。
おまけに、机が隣の定年間直の数学教師とは、いい茶のみ友達だと。
「明日、樫原先生にその話してみたら?」
「あ、そうだな!」
樫原というのが、その数学教師の名だった。樫原と現国の簗田、物理の内山は、生徒からトリプル定年などというそのままな呼び方をされている。
適当にあしらった双海だったが、翌日、「樫原先生はトマトの夢を見たことがあって、簗田先生はゴボウとダイコンが言い争ってて内田先生はチクワとレンコンだったって」などという素っ頓狂な三人の夢を聞かされると判っていれば、絶対にああ言いはしなかっただろう。
正に、生き恥である。
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