飴売り

「ありがとうございました」

 駄菓子屋「あめむら」の唯一の店員は、笑顔で釣銭を渡した。受け取った中年婦人が、嬉しそうに頬を染める。その傍らでは、待ちきれずにいる五・六歳くらいの子供が、買ったばかりのガムの包みを開けていた。

 この店が子供ばかりかその親、はたまた女子学生にまで強い支持を受けているのは、この店主に負うところが大きかった。

 少し長めの髪と、均整の取れた体。眼鏡の細い黒のフレームを上げる姿一つで、密かに歓声が上がる。まだ、二十代くらいに見えた。

 そんなわけで、今日も「あめむら」は繁盛している。

*   *   *


「おに―さん、飴頂戴」

 可乃子が「飴村」を訪れたのは、閉店間際だった。渋る客をようやく帰し、閉店時間を十分ほどすぎて、店主が片付けを始めた頃だった。だが店主は、嫌そうな顔どころか、嬉しそうに目を輝かせた。

「可乃ちゃん、来てくれたんだ!」

「面白そうな話聞いたからね。あ、これにしよ」

 可乃子は、種類の豊富な飴の中から掌大の渦巻きキャンディーを取った。カウンターにおいて、高校の指定鞄の中から、財布を探る。

 セミロングの髪を邪魔にならないようにくくっている。青と白の夏服が、目にも鮮やかだ。季節は、すっかり夏になっている。明日からは夏休みが始まる。

「お金はいいよ?」

「ちょっと、商売する気あるの? たかだか百二十円だけど、払うって言ってるんだからもらっときなさいよ」

 でも、この店の飴は全部、可乃ちゃんのために用意したようなものだし。

 可乃子は、その台詞には無視を決め込んで、百二十円をレジに直接突っ込んだ。良く見れば、その耳が少し赤くなっている。

「消費税、おまけしてもらうわね」

「うん。あ、今日のご飯何?」

「知らない。一体、いつまでうちにいるつもりよ?」

「え? ・・・・ずっと?」

 渦巻き型の飴をくわえたまま、可乃子は店主の足を蹴り飛ばした。

 現在、可乃子の家に居候している。生活費も振り込んでおり、従兄妹ということで、誰も反対はしないでいる。一応、そういうことになっている。

「で、時間大丈夫?」

「時間?」

「同級生が、あんたに決闘申し込んだって聞いたんだけど?」

「ああ。古風だよね」

 男の目が、眼鏡の向こうで冷ややかに細められる。少し、背筋が冷たくなる。

「・・・どうするつもり?」

「行くだけ行くけど、鄭重にお帰り願うつもりだよ」

 そう言って、眼鏡を外す。口端が笑うように持ち上げられているが、目は全く笑っていない。いや、笑ってはいるかもしれない。それは、悪気はなく昆虫のメス争いを笑うような、どこか見下したような笑いだった。

 実際、事の発端は似たようなものかもしれない。この店主を好きになった女の子を好きになった男の子が、少々先走りして行動に出たのだ。

「約束、守ってるんだ」

「あ、酷いなあ。当然でしょ。可乃ちゃんとの約束なんだから」

 今度はにっこりと、本当に笑う。

 うちには悪魔がいますなんて言って、誰が信じるだろうと、可乃子は思った。本人曰く、悪魔という響きは嫌いで、デヴィルなんてもっと許せない、ということらしい。魔物なら及第点かな、と。

 どういうわけか好かれてしまった可乃子について、今ではすっかりこちらの生活にもなれている。幾つもある能力のうち、眼による暗示が一番感情に左右されやすくコントロールしにくいので、普段は眼鏡を掛けて緩和している。何故かこの力は可乃子には効かない。そのため、基本的には、彼が眼鏡を外すのは可乃子の前だけだった。

 周囲に不自然に影響を与えない、正答防衛しかしない、というのが可乃子との約束だった。過剰防衛も駄目だからね、と言った覚えがある。だが実際の所、その気になれば簡単にこの約束は破れる。可乃子には、対抗し得るような力はないのだから。

「さっさと片付けて、早く帰るよ。おばさんのご飯、食べ逃したくないからね」

「・・・うん」

 大丈夫よね。約束、守るよね。

 そう言うのは、ためらわれた。これまで、ちゃんと守ってくれた。信じられないのが、何か悪いことのような気がした。ごめん、と声には出さずにあやまる。

「じゃあ、先に帰るわね」

「あ、これお土産」

 売り物の飴を一掴みして、可乃子に渡す。また怒られたが、笑顔でかわし、持って帰らせることに成功した。

「じゃあ、家で」

*   *   *


 可乃子が出ていくと、眼鏡をポケットにしまいかけ、再びかける。呼び出された指定場所はここではないから、念の為、かけておいた方がいいだろう。

 決闘の相手には、こっちが負けたと思わせて帰らせればいい。実際に負けて見せるというのもてだが、それは時間をとる。可乃子のいる家に、早く帰りたかった。

「本当なのになあ」

 この店の飴は全て、可乃子のために。好きだといったから、こんなにも種類を集めたのに。

 焦りはしないが、気長に待つのも考えものだ。人の人生は、意外に短い。もっとも、それは自分と比較するからかもしれないが。

「さて。時間か」

 店内を確認すると、カギを閉めた。



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